生き方

人生の計画性は司馬懿仲達に学べ~晋を起こした三代の大計~

司馬懿仲達

皆さんは三国志演義にでてくる魏の武将・政治家の司馬懿仲達をご存知でしょうか。司馬懿は蜀の諸葛亮公明のライバルとして登場する魏の智将です。彼の生き方、処世術には我々現代人が人生の計画性を考えるうえで参考にするべきところが詰まっています。

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本日は司馬懿仲達の人生について解説します。

司馬懿とは

中国の風景中国の風景

司馬懿は、中国の後漢末から三国時代にかけて活躍した武将であり政治家です。字は仲達、魏の重臣でありながら、その後の晋への布石を打った人物です。司馬懿は河内郡温の生まれ、楚漢戦争の18王の一人である司馬卬の子孫に当たります。

司馬懿はもともと気性の激しい性格でしたが感情を隠すのがうまく、外見上は穏やかにふるまうことに長けていたと言います。

曹操陣営への仕官

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司馬懿は河内郡で推挙を受けますがリュウマチを理由に一度は辞退するものの崔琰と荀彧の推薦もあり後に曹丕に使えることになります。その後司馬懿は、曹丕に重用されました。曹操は司馬懿の鋭敏な感性を警戒していましたが、曹丕は彼を信頼し重用しました。

219年には関羽が荊州が樊城を陥れようとした際には孫権の勢力と結託し、関羽を排除することで許昌方面への劉備側の勢力の伸長を抑えることを成功しています。

曹操の死後、息子の曹丕が魏王を継承し、曹丕は漢の献帝から禅譲を受け魏朝を開き魏の皇帝となりました。その後長らく司馬懿は後方支援を行っていました。その後司馬懿は、曹真・曹休に次ぐ第三位の将軍になりました。

曹真が死んだあとは司馬懿が蜀側の諸葛亮と対峙しました。諸葛亮が五丈原で病死し蜀軍が撤退した後太尉に就任し、魏の軍事面でのトップとなります。

権力闘争

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司馬懿が公孫淵の征討し遼東から帰還する最中に曹叡は病に倒れ、曹叡は、曹爽と司馬懿に次の皇帝である曹芳を託しました。曹爽の画策により、司馬懿は名誉職に近い役職に命じられました。ですが、司馬懿は軍事権は保持したまま西南の蜀に対抗していました。司馬懿は70歳近い年齢になっても、曹爽はライバルの司馬懿を警戒し続けていました。

李勝と言うものが荊州に赴任となるとのことで司馬懿を見舞いしたいと申し出がありました。曹爽が自分を警戒していると知っていた司馬懿は、この知らせをうけ一計を画策し芝居を打ちました。

すぐ床に就き、冠を脱ぎ捨て髪の毛を乱し、二人の女中に体を支えてもらいました。李勝が荊州赴任の話を持ち出すと併州と敢えてに聞き間違えたふりをし、最近耳が遠くなったとぼやきました。

女中に粥がはいった茶碗を差し出されてそれをすすりこもうとするも、すべて服の上にぼたぼたとこぼしてしまう。その上受け答えは支離滅裂で全く要領を得ないというたいそう耄碌した姿を見せました。

司馬懿は李勝に「私は年老いて病を患っている。もうすぐにでも死ぬであろう、不出来な息子が2人いるが将軍にお会いの際はよろしく頼みます」と言うばかりでした。

李勝は朝廷に戻るとすぐに曹爽に「司馬懿殿のいうことは支離滅裂で、粥も自分ではすすれない有様。あの方ももうおしまいです。気の毒なことです」。と報告しました。これを聞いた曹爽は安心し、司馬懿への警戒を解いたのでした。

その後、曹爽が曹芳の供をし曹叡の墓参りのため洛陽城を出た機会を見計らい、司馬懿はクーデターを起こしました。司馬懿はまず郭太后に上奏し、曹爽の官職を解任する令を得、その後洛陽の宮城を制圧した後、曹爽の陣営を制圧し洛陽を制圧しました。

そして司馬懿洛水の岸辺に布陣し、免官するだけだと曹爽を説得し降伏させました。その後曹と一族を厳しい監視下におきましたが、最終的に曹爽らに謀反の企みを理由に一族郎党皆殺しにしました。

251には曹氏によるクーデターを密告により察知し、首謀者の一人である曹彪も自殺させます。その後は、曹一族を鄴に軟禁しました。そしてそのご司馬懿はその生涯を閉じました。

司馬懿の権力を継承した司馬師と司馬昭は曹家の皇帝を廃位させ、司馬懿の孫の司馬炎が献帝より禅譲を受け晋朝が起こります。司馬懿は生前、一族三代による魏朝簒奪の企てを明示はしていませんでしたが、曹家の勢いを削ぎ、司馬家の権力を拡大し晋朝に渡る布石を打っていたと考えるのは自然です。

司馬懿からみる人生の計画性

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司馬懿はもともとは気性の激しい性格だったと言います、ですが後天的に身に着けた外見上穏やかにふるまう技術で、猫をかぶり信頼され、魏で重用されました。

遠い将来まで深く見通して考える深謀遠慮、そして時には馬鹿を演じて相手の警戒心を解く演出力、そして世情をよみ、巧みに人に取り入り朝廷内を泳ぎ渡る能力、これらは現代社会の会社や政府、組織の中で生き残り、権力を手中に収めるには欠かせない能力です。

多くの権力者、覇者は自分自身の人生を中心に考え、自分が死んだ先の権力基盤まで考えることができないものが多くいました。司馬懿自身はこの点には言及していませんが、自分の人生だけでなく自分の息子たち、孫の事まで考慮し、王朝をかすめ取り、西晋東晋合わせて
長命な王朝を築き上げた点も特筆できます。

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まとめ

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以前、人生の計画性はパルパティーン元老院議員から学べと言うブログで、スターウォーズ出てくる銀河共和区の元老院議長であったパルパティーン元老院議員について解説したことがあります。これはフィクションの映画のストーリーに出てくる架空の人物の紹介でしたので現実的な世界の説得力としてはかける者であったと思います。

今回は実在の人物、魏の将軍である司馬懿仲達の人生について解説しました。皆さんも司馬懿仲達の人生から、人生の計画性を学んでください。故事から多くを学び古きを温め新しきを知り、そして実際の組織や政治、会社の権力抗争でのし上がるためのヒントを得てください。

本日のブログが皆さんの参考になれば幸いです。

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こんじゃるか
こんじゃるかブログを運営しているサラリーマン投資家です。中堅私大を卒業後、中小企業に就職、27歳で退職後大学院進学、大学院卒業後2011年から現職です。うつ病で休職→復職→再休職も経験してます。投資を始めFXを中心に、投資信託、高配当株、ソーシャルレンディングで資産運用中です。節約術も紹介します。
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